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海と日本PROJECT in沖縄 RBC夜のおススメ番組

終われ戦世~証言記録 太平洋を越えて~

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  • 上原美智子さん
    上原美智子さん(手前)。
    「戦場では人間が人間でなくなる」と語った。
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    元日本兵近藤一さん、嘉数高台で。
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    沖縄戦に従軍した元米兵ロバート・ロックさんと沖縄尚学高校の生徒たち。糸満市国吉の壕。
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    米大統領から送られた謝罪の手紙。
    米国政府は1988年、戦時中の日系人強制収容が重大な人権侵害であったことを認め、謝罪した。
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    米大統領の謝罪文を見せる金城秀夫さん。米国ハワイ州パール・シティの自宅で。ハワイ生まれ。2歳から16歳までを沖縄で過ごした帰米2世。
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    米国カリフォルニア州ツーリ・レーク強制収容所跡。金城秀夫さんも、ここに収容された。

 
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1945年、沖縄は戦場になりました。最も犠牲になったのは、鉄の暴風と呼ばれるすさまじい砲弾の中を逃げ惑った住民でした。
アメリカにも、戦争で翻弄されたウチナーンチュがいました。例えば、中南米移民の中に、「敵性」外国人として拉致されてアメリカの抑留所に強制連行された人がいます。
アメリカでは、第二次世界大戦を「GOOD WAR(=良い戦争)」と言う人が今も少なくありません。
ファシズムに勝利し、正義を全うした戦争と言わんばかりです。
その裏でアメリカは、人権を蹂躙する国家犯罪を行っていたのです。

番組では、沖縄戦をアジア太平洋戦争の最終章と捉え、広範囲に証言者を探しました。
住民の視点だけでなく、元日本兵や元米兵、アメリカにいた沖縄系移民など多角的視点を大切にしました。証言者たちの、戦争が終わった瞬間にもこだわりました。
『戦世』にピリオドを打った瞬間を見つめることは、どうしたら戦争に背を向けられるのか、つまり戦争をしないことがどうしたら可能なのかを知ることにつながると考えたのです。

当時の日本兵は、生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ…
捕虜になるよりも死を選べと教えられていました。しかし、徴兵されて重砲兵部隊にいた嘉手納町在住の男性は、米軍に投降を迫られた最後の瞬間、次の言葉が頭によぎったと言います。

『いちちょーでー うてぃぐんすー ぬむんどー』

子どもの頃におじいさんから聞いた、生きていればなんとかなるという意味の言葉です。
戦争を生き延びた人たちは皆、戦争を繰り返してはならないと口を揃えます。
彼らの心からの叫びを聴き、大切な言葉の一つひとつを記録し、二度と『戦世』にはしないという誓いを込めてつくる番組です。

 

放送時間

※番組は終了しました

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